2013年8月21日水曜日

坂正義 2009/04/10


「坂正義」(さかまさよし)             山田リオ

中学生のころ、御徒町の駅で
坂正義と出会った
彼は一冊ずつ手作りした自作の詩集を50円で売っていて
ぼくはそれを買った
メガネをかけた三十代の背の高い立派な大人で
でもどこか貧しそうなようすの坂正義が
中学生に詩集を200円で売った時に
いったいどういう気持ちだったのかは
その時は想像しなかったし
今考えてもわからない

しかし今でもまだ憶えている
ひとつの詩の末尾の部分それは
「盃(さかづき)の、ふせてあるまま
行かねばならず、じっと行く
淋しきかぎりぞ、この道は」
というものだ
詩集を渡してくれた時の坂正義は
背中をしっかりのばし唇をひきしめて
厳粛なあるいは誇り高い表情だった気がする

もしかしたら今はもう
亡くなっているのかもしれない
あの御徒町駅の詩人坂正義は
有名になりたいとなんか
けっして思っていなかっただろう
お金持ちになろうとなんか
夢にも思っていなかっただろう
彼もまたぼくとおなじように
自分の書いた詩をだれかに
読んでもらいたかっただけなのだ

ぼくに背をむけて手に詩集を持って
改札口のほうに一歩一歩ゆっくりと
疲れたような足取りでむかっていったあのやせた背中を
ぼくは今も忘れてはいない
彼の詩が良いのか悪いのか
わからない
しかしあの時代にそして今の時代にも
ただ一人自分が信頼できる人間は
坂正義なのかもしれないと
今になってそう思う

                                  Copyright ©2009RioYamada

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